下泉町(読み)しもいずみまち

日本歴史地名大系 「下泉町」の解説

下泉町
しもいずみまち

[現在地名]石川町 当町(とうまち)・松(まつ)ノ木下(きした)・猫啼(ねこなき)・大沢(おおさわ)・豆(まめ)ヶ平(ひら)・塩沼(しおぬま)・立(たて)ヶ岡(おか)・大室(おおむろ)・下泉・菖蒲沢(しようぶざわ)・大豆(おおまめ)ヶ平(ひら)

南西流から西流へと流れを変える北須(きたす)川の流域に位置し、同川は当町西端で社(やしろ)川に合流する。北に枝郷内槙(うちまき)村、南に同山形(やまがた)村がある。北須川上流の高田(たかだ)町から町並が続き、石川町とも通称される。白河城下と浅川(あさかわ)(現浅川町)への分岐点にあたり、北須川北岸の高田町境に位置する中世の石川氏の居城三蘆(みよし)城跡には石都々古和気(いわつつこわけ)神社がある。

貞治六年(一三六七)七月一二日の足利義詮御教書(阿保文書)に「陸奥国石河庄内泉郷高田・北炭釜・佐宇里等」とみえ、高田および佐宇里(双里)から北炭釜(きたすがま)(現玉川村)にかけての一帯を含む地は、当時泉郷と称されていた。また石都々古和気神社蔵の応永三〇年(一四二三)四月五日の年紀を有する鰐口銘に「奥州石川庄泉村舘之八幡宮之鰐口也」とみえることから、泉郷は泉村とも称され、当地もそのうちに含まれていたものとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報