下田奉行所跡(読み)しもだぶぎようしよあと

日本歴史地名大系 「下田奉行所跡」の解説

下田奉行所跡
しもだぶぎようしよあと

[現在地名]下田市東中

稲生沢いのうざわ川の左岸に位置する。中村なかむら屋敷とよばれた。嘉永七年(一八五四)に締結された日米和親条約によって開港された下田に三度めの下田奉行が設置された。初め奉行所は下田町の宝福ほうふく寺に置かれたが、安政東海地震による津波の被害から下田町の稲田とうでん寺に移り、その後下田町の北方の当地に決定された。下田奉行の設置とともに下田町・岡方おかがた村・本郷ほんごう村・柿崎かきさき村・須崎すざき村・中村は下田奉行所支配となった(安政二年「中村諸歎願書留」もりおの文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む