下社神宮寺跡(読み)しもしやじんぐうじあと

日本歴史地名大系 「下社神宮寺跡」の解説

下社神宮寺跡
しもしやじんぐうじあと

[現在地名]下諏訪町久保・武居

諏訪大社下社の別当寺。秋宮の東南部山王台(さんのうだい)の南の崖下の平地一帯承知(しようち)川までがその境域で、そこに千手堂(本地堂ともいう)を中心とし、三重塔・仁王門・弥勒堂などが配置されていた。池や島もあり、弁才天と貴船社が祀られていた。一帯の平地の北の崖上に大きな地を占めて大坊があり、神宮寺を支配していた。

海岸孤絶山法性院神宮寺と称し、真言宗で開山は弘法大師とされるが、年代は不詳。高野山では金剛頂院に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む