世付村(読み)よづくむら

日本歴史地名大系 「世付村」の解説

世付村
よづくむら

[現在地名]山北町世附(よづく)

北から西に丹沢(たんざわ)山塊の畦(あぜ)ヶ丸(まる)山・菰釣(こもつるし)山・三国(みくに)山などの峰が連なり、北の甲斐、西の駿河との国境をなし、南部を西から東へ世附川が流れる。中川(なかがわ)村・玄倉(くろくら)村と併せて新山(しんざん)三ヵ村とよぶ。

天正一八年(一五九〇)四月日の豊臣秀吉掟書(県史三)に「よつく」とある。正保国絵図に「川村ノ内世付」と載せ、古くは川村(かわむら)郷に属した。

近世は小田原藩領。天保期(一八三〇―四四)に相・甲・駿三国間に林野の毛上採集をめぐる紛争から七年間にわたる国境山論が起きた(山崎・渡辺両文書など)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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