中山玄雄(読み)ナカヤマ ゲンユウ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「中山玄雄」の解説

中山 玄雄
ナカヤマ ゲンユウ


職業
僧侶 仏教音楽研究家

専門
声明

肩書
天台宗探題

資格
無形文化財保持者(天台声明)〔昭和29年〕

本名
中山 淳之助

旧名・旧姓
葛野

生年月日
明治35年 6月28日

出生地
滋賀県 大津市

学歴
比叡山西部大学林〔大正14年〕卒

経歴
大正6年中山玄親に就いて得度。在学中、多紀道忍の指導で天台声明の研究に当たった。その後音楽家吉田恒三とともに、口伝えだった声明の採譜に努め、レコード吹き込みや保存に貢献。比叡山明徳院、同法曼院、同総持坊の住職を務め、昭和36年大僧正となった。また叡山学院教授、延暦寺の法儀音律研究所長、大正大学講師、天台勧学院長、叡山学院長、探題を歴任した。著書「天台声明大成」(共著)のほか「天台宗声明法儀全集」編集に従事。

受賞
芸術選奨文部大臣賞〔昭和51年〕「天台声明大成」 紫綬褒章〔昭和44年〕

没年月日
昭和52年 11月7日 (1977年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「中山玄雄」の解説

中山 玄雄
ナカヤマ ゲンユウ

大正・昭和期の僧侶,仏教音楽研究家 天台宗探題。



生年
明治35(1902)年6月28日

没年
昭和52(1977)年11月7日

出生地
滋賀県大津市

本名
中山 淳之助

旧姓(旧名)
葛野

学歴〔年〕
比叡山西部大学林〔大正14年〕卒

主な受賞名〔年〕
紫綬褒章〔昭和44年〕,芸術選奨文部大臣賞〔昭和51年〕「天台声明大成」

経歴
大正6年中山玄親に就いて得度。在学中、多紀道忍の指導で天台声明の研究に当たった。その後音楽家吉田恒三とともに、口伝えだった声明の採譜に努め、レコード吹き込みや保存に貢献。比叡山明徳院、同法曼院、同総持坊の住職を努め、昭和36年大僧正となった。また叡山学院教授、延暦寺の法儀音律研究所長、大正大学講師、天台勧学院長、叡山学院長、探題を歴任した。著書「天台声明大成」(共著)のほか「天台宗声明法儀全集」編集に従事。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中山玄雄」の解説

中山玄雄 なかやま-げんゆう

1902-1977 大正-昭和時代の僧,声明(しょうみょう)家。
明治35年6月28日生まれ。天台宗。大正6年中山玄秀について出家。比叡山(ひえいざん)西部大学林で多紀道忍に天台宗大原流声明をまなび,口伝(くでん)の声明を採譜した。昭和30年選択無形文化財保持者。51年芸術選奨。比叡山大僧正,叡山学院長,探題。昭和52年11月7日死去。75歳。滋賀県出身。旧姓は葛野。本名は淳之助。著作に「天台声明大成」(共著)など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「中山玄雄」の解説

中山 玄雄 (なかやま げんゆう)

生年月日:1902年6月28日
大正時代;昭和時代の僧侶;仏教音楽研究家。天台宗探題
1977年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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