中島三郎助(読み)なかじま さぶろうすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中島三郎助」の解説

中島三郎助 なかじま-さぶろうすけ

1820-1869 幕末武士
文政3年生まれ。幕臣。浦賀奉行与力。嘉永(かえい)6年ペリー艦隊の来航の際折衝にあたる。のち軍艦操練教授方,軍艦頭取。戊辰(ぼしん)戦争では榎本武揚(えのもと-たけあき)らと箱館(はこだて)に脱出,千代ケ岡台場で新政府軍とたたかい,明治2年5月16日長男恒太郎,次男英次郎とともに戦死。50歳。相模(さがみ)(神奈川県)出身。名は永胤。号は木鶏。
格言など】ほととぎす我も血を吐く思ひかな(辞世)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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