中田新田村(読み)なかだしんでんむら

日本歴史地名大系 「中田新田村」の解説

中田新田村
なかだしんでんむら

[現在地名]古河市中田新田

利根川・渡良瀬(わたらせ)川の合流点の東岸に位置。かつては獺(かわす)沼・稲荷(いなり)谷・清水(しみず)谷といった沼沢地を周辺にもった低湿地で、きわめて不整形。中田町の開発による新田村であったことは確かだが、「寛文朱印留」にはすでに村名がみえ、元禄郷帳も天保郷帳も「中田新田村」としているから、開拓も古く、村としての独立も古かったに違いない。「古河志」は中田新田村に注して「曰頼政郷」としているが、源頼政との関係については記していない。


中田新田村
なかたしんでんむら

[現在地名]大曲市内小友(うちおとも)

南は板井田(いたいだ)村(現平鹿郡大森町)、東は雄物川を隔てて新角間川(しんかくまがわ)村、北は宮林新田(みやばやししんでん)村に接する。

貞享元年(一六八四)内小友村より分離独立して成立した村で、「月の出羽路」に「此一村古来(もと)内小友邑たりしが、貞享元甲子年に分村(わかれ)たるよしをいひ中田村と呼びしに、享保の頃新田ノ二字加(そふ)といへり」とある。

宝永二年(一七〇五)の仙北郡村々御黒印高帳(秋田県庁蔵)に「中田村」とみえ、高七八四石九斗二升七合(当高五八八石六斗九升五合)はすべて新田であった。享保八年(一七二三)の仙乏郡郡境本村支村御高共調帳(秋田県庁蔵)では、当高は変わらず、家数は二六軒、うち神社一軒とあり、支郷に仙北屋(せんぼくや)村一五軒、四ッ屋(よつや)村三軒、大段(おおだん)村五軒があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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