中野田村(読み)なかのだむら

日本歴史地名大系 「中野田村」の解説

中野田村
なかのだむら

[現在地名]浦和市中野田

高畑たかばたけ村の南に位置する。天久保あまくぼ用水が村の東部を流れ、西境を日光御成道が通る。舌状台地上に集落が発達し、東は広大な綾瀬川の沖積平野が広がる。当地の明照みようしよう寺の伝えでは、同寺の開基春日景定の祖行元が観応三年(一三五二)九月足利尊氏から野田の地を与えられたという(風土記稿)。景定は岩付太田氏の家臣であったが、文禄三年(一五九四)に旧主太田氏房が没したのち徳川家康に拝謁し、足立郡などで一千五〇〇石を与えられた(寛政重修諸家譜)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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