中須賀町(読み)なかすがちよう

日本歴史地名大系 「中須賀町」の解説

中須賀町
なかすがちよう

[現在地名]厳原町今屋敷(いまやしき)

府中(ふちゆう)商人町二四ヵ町の一つ。本(ほん)川と金石(かねいし)川の間の洲の一帯を埋立てて成立、中洲賀と称したという(津島紀事)。馬場筋(ばばすじ)通と川端(かわばた)通を結ぶ池の神(いけのかみ)小路が東西に通じ、これを境に東を東中須賀、西を西中須賀と称した。寛文元年(一六六一)「中須賀町」より出火、城下の大半、家七一五軒、大小船一〇艘が損害を受けた(郡方毎日記)。延宝四年(一六七六)の屋敷帳(宗家文庫文書)に「中須賀西町」三六軒、「中須賀中町」二八軒、「中須賀東町」一六軒とある。


中須賀町
なかすかちよう

[現在地名]中区栄(さかえ)二―三丁目

鉄砲(てつぽう)町の南、大久保見(おおくぼみ)町の北にあり、入江(いりえ)町筋と横三(よこみ)ッ蔵(くら)筋との間の一丁をさす。慶長年中(一五九六―一六一五)清須の須賀口(きよすのすかぐち)より移転。当初町名を中須賀口町といったが、寛文五年(一六六五)口の字を除いた(金鱗九十九之塵)。井戸水は良い(府城志)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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