久田佐助(読み)ひさだ さすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「久田佐助」の解説

久田佐助 ひさだ-さすけ

1864-1903 明治時代の船長
元治(げんじ)元年生まれ。明治36年10月29日,日本郵船の東海丸船長として青森-函館間を航行中にロシア船と衝突。全員を救命ボートにうつしたのち,船と運命を共にした。その行為は海員手本とされ,第二次大戦前の小学国語読本にも掲載された。40歳。能登(のと)(石川県)出身東京商船学校(現東京商船大)卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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