女性の医師。古くは大宝律令(たいほうりつりょう)に「女医」の語があるが、当時は助産婦に近いものと考えられ、現在の女医(女性医師)とはその内容を異にする。江戸時代になると、野中婉(えん)(1660―1725)、度会園女(わたらいそのめ)(1664―1726)、森崎保佑(ほゆう)(生没年不明)などのように女性医師としての働きをなす者も出てくるが、なかには助産婦と紛らわしいものもあった。西洋医学による近代女性医師の最初はシーボルトの娘である楠本伊禰(くすもといね)(1827―1903)で、彼女は産婦人科医として長崎、東京で開業し、宮内省御用掛(がかり)となった。しかし、真の意味での近代女性医師、すなわち医師免許を得た女性は荻野吟子(おぎのぎんこ)に始まる。荻野が医術開業試験(実習などを含めた後期試験)に合格して医籍に登録されたのは1885年(明治18)であった。当時にあっては女性が医学教育を受けることも、医師免許を得ることも先例がなく、荻野は苦難の道を歩んだ。彼女は医学のかたわら、女性運動にも尽力している。
女性医師となるための困難さは欧米諸国においてもほぼ同様であった。アメリカ近代女性医師の第一号はブラックウェルE. Blackwell(1821―1910)で、医師資格を得たのは1849年のことであった。ブラックウェルは57年にニューヨークで女性職員だけの病院を開設するほか、女性運動にも先駆的な役割を果たしている。イギリスにおける最初の近代女性医師はアンダーソンE. G. Anderson(1836―1917)で、1870年に医師資格を得ている。
日本では荻野に次ぐ女性医師として、1887年に生沢(いくざわ)クノ(1864―1945)、高橋瑞子(みずこ)(1852―1927)が、1889年には本多銓子(のりこ)(1864―1922)が現れた。また、1889年にはアメリカ最初の女子医科大学であるペンシルベニア女子医科大学を卒業した風見京子(けいこ)(1859―1941)が帰国し、東京慈恵医院婦人科主任となっている。1892年には吉岡弥生(やよい)が済生(さいせい)学舎を出て医師になる。済生学舎は当時の女性が医学を学ぶ際の拠点となったところであり、1894年に医師となり、大阪の緒方(おがた)産婦人科病院に採用された福井繁子(しげこ)(1874―1961)も同学舎の出身であった。ところが1900年(明治33)、同学舎は女性の入学を拒絶(翌年には学生も追放)するに至り、吉岡はこれを機に自ら女子医学教育をなすことを決心し、1901年東京女医学校を創立した。同校が最初の卒業生を出したのは1908年で、その卒業生は竹内茂代(しげよ)(1881―1975)ただ1人であった。以後、同校は東京女子医学専門学校(1912)を経て、現在では日本で唯一の女子医科大学(東京女子医科大学)となっている。現在の欧米ではこうした女性だけの医科大学はみられない。
1925年(大正14)になると東京で帝国女子医学専門学校、28年には大阪で大阪高等女子医学専門学校が発足し、前出の東京女子医学専門学校とあわせて3校となった。その後、第二次世界大戦勃発(ぼっぱつ)とともに多数の女子医学専門学校が創立され、一時は11校にまで及んだ。しかし、終戦とともに一部は廃止され、一部は共学の大学となっていった。帝国女子医学専門学校は東邦大学医学部、大阪高等女子医学専門学校は関西医科大学と改称された。
なお、女性の医学博士の第一号は西村庚子(かのえこ)(その後宮川(みやかわ)姓、1900―93)で、1930年(昭和5)にこれを得ているが、これは他分野を含め、女性の博士としては3番目である。
現在、わが国の医師の16%(2004)は女性であり、臨床の各分野のみならず、行政や基礎医学の場で働く者も少なくなく、女性の職業として高い位置にランクされ、その人気は高い。1902年には日本女医会が結成され、24年には国際女医会(1919創立)に加盟し、今日に至っている。国際的にみると、アメリカでは女性医師の占める率が増加しつつあり、医学生の4分の1が女性となっている。
[長門谷洋治]
『秋山寵三著、日本女医史編纂委員会編『日本女医史』(1962・日本女医会)』▽『田中正太郎著『生沢クノ伝 日本女医第二号』(1978・生沢クノ伝記刊行会)』▽『東京女子医科大学編・刊『東京女子医科大学80年史』(1980)』▽『奈良原春作著『荻野吟子 日本の女医第一号』(1984・国書刊行会)』▽『日本女医会編『日本女医史 追補』(1991・日本女医会)』
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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