久重村(読み)くしげむら

日本歴史地名大系 「久重村」の解説

久重村
くしげむら

[現在地名]南関町久重

東は上長田かみながた村、北はせき村、南は下長田村、西は筑後国三池みいけ今山いまやま(現大牟田市)などと接する。近世は南関手永に属する。元禄国絵図に「上長田村之内久重村」とある。「国誌」には「高八百六十七石余、三郎丸打越村小屋敷村瀬戸口村大門村等ノ小村アリ」と記し、杉本すぎもと口より筑後今山村への道筋(木葉通)があり、下番二が勤める久重口下番所と御境木があった。文政五年(一八二二)の南関手永略手鑑によると田四四町二畝余・畑四三町三反七畝余、竈数一九九・人数七九四、馬一六八、質屋一・造酒屋一がいる。


久重村
ひさしげむら

津福本つぶくほん町の字久重を遺称地とする中世の村。三潴郡三潴庄とう郷のうち。永仁四年(一二九六)一二月日の玉垂宮并大善寺仏神事記文(御船文書/鎌倉遺文二五)に久重村あるいは久重とみえ、大善だいぜん玉垂たまたれ宮の粢餅田一段を有し、正月元日御供料田二段・同朔幣料米一石(ただし飯一升・濁酒、在公神楽)、春祠使幣官料一石二斗の神事用途を負担し、五月会で左方相撲人を出した。なお粢餅田一段は毎朝粢餅三枚を供えるための田地で、一勾当に付けられていた。貞和三年(一三四七)九月二三日の高良宮祭料米色々神役村々注文写(御船文書/南北朝遺文(九州編)二)によると、春祭分の祭料米一石二斗、正月元日御供料米一石、祭頭・相撲・回廊一間・楽屋二間・大善寺檀供一七枚を負担した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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