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九条経教 くじょう つねのり

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

九条経教 くじょう-つねのり

1331-1400 南北朝-室町時代の公卿(くぎょう)。
元徳3=元弘(げんこう)元年生まれ。九条道教(みちのり)の子。暦応(りゃくおう)元=延元3年従三位。のち従一位にすすみ,延文3=正平(しょうへい)13年関白,氏長者となった。応永2年出家。歌が「風雅和歌集」などに13首みえる。応永7年5月21日死去。70歳。号は後報恩院。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

九条経教

没年:応永7.5.21(1400.6.13)
生年:元徳3/元弘1(1331)
南北朝期の摂家貴族。父は関白左大臣道教,母は内大臣大宮季衡の娘。建武2(1335)年元服,従五位上に叙せられて以降,権中納言,権大納言と進み,貞和3/正平2(1347)年右大臣,2年後左大臣となり,延文3/正平13(1358)年関白氏長者。康安1/正平16(1361)年関白氏長者を辞し,応永2(1395)年出家,法名祐円。没後は後法恩院殿と称される。同4年に長男忠基に先立たれ,家督は次男の教嗣が継承した。『九条家文書』中に遺された経教の置文は,家領,家記文書などを細々と記しており,当時の九条家の状況を伝える資料である。<参考文献>『九条家系譜』,『図書寮叢刊 九条家文書』1巻

(小森正明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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