風雅和歌集(読み)ふうがわかしゅう

日本大百科全書(ニッポニカ)「風雅和歌集」の解説

風雅和歌集
ふうがわかしゅう

第17番目の勅撰(ちょくせん)和歌集。20巻。和漢両序を付す。光厳(こうごん)院親撰、花園(はなぞの)院監修。伏見(ふしみ)院、京極為兼(きょうごくためかね)の遺志を継いだ両院は『玉葉和歌集』に次ぐ第二の京極派勅撰集撰定を志し、1343年(康永2)室町幕府に諮問、翌年10月答申を得て撰集事業に着手した。寄人(よりゅうど)に正親町公蔭(おおぎまちきんかげ)、藤原為基(ためもと)(玄哲)、冷泉(れいぜい)為秀ら。洞院公賢(とういんきんかた)も議にあずかった。花園院作の両序と巻1春上の成立をもって1346年(貞和2)11月9日竟宴(きょうえん)を行い、49年2月ごろ完成。花園院は完成を待たず前年11月没した。歌数2211首。主要作者は伏見院、永福門院(えいふくもんいん)、花園院、光厳院、為兼はじめ持明院統(じみょういんとう)宮廷の皇族、近臣、女房らで、『玉葉集』以上に当代京極派の特色を強く打ち出している。歌風は玉葉風をさらに沈潜閑寂の境地に進め、山家、暁、夕などを主題とする雑歌(ぞうか)「山松はみるみる雲に消えはてて淋(さび)しさのみの夕暮の雨」(儀子(ぎし)内親王)、叙景の形をとった禅的な釈教歌「つばめなく軒端(のきば)の夕日影消えて柳にあをき庭の春風」(花園院)などに独自の特色がある。和漢両序も執筆者の個性と迫力に満ちた優れた歌論序である。これを最後に京極派は壊滅し、後世『玉葉集』とともに異風不吉とされた。

[岩佐美代子]

『次田香澄・岩佐美代子校注『風雅和歌集』(1974・三弥井書店)』『井上宗雄著『中世歌壇史の研究 南北朝期』(1965・明治書院)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「風雅和歌集」の解説

風雅和歌集
ふうがわかしゅう

南北朝時代の勅撰和歌集勅撰集としては第 17番目の集。 20巻。正平3=貞和4 (1348) 年完成 (49年完成説もある) 。約 2210首を収める。撰者は光厳上皇。実質的には,企画その他に上皇の叔父花園法皇が深く関与している。集名の「風雅」とは『詩経』にいう六義のうちの「風」「」で,和歌を政治に役立てようとする姿勢を示している。仮名,真名の両序でも同様の意図を述べ,また『新古今和歌集』にならおうとしたことを表明している。歌範囲は『万葉集』から南北朝までだが,当代比重が大きい。主要歌人は,伏見院,永福門院,花園院,京極為兼,従二位為子 (為教の娘) ,後伏見院,光厳院,徽安門院,足利尊氏,足利直義ら。

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百科事典マイペディア「風雅和歌集」の解説

風雅和歌集【ふうがわかしゅう】

南北朝時代,17番目の勅撰和歌集。20巻。花園院監修,光厳院撰。1349年成立。歌数約2200。建武中興のついえたあと,京都に復権した持明院統が企画したもので,持明院統とつながりの強い京極派の歌人を中心としている。代表歌人は,永福門院,伏見院,為兼,花園院,藤原定家,後伏見院等で,歌風は京極為兼撰の《玉葉和歌集》をうけ全般的にさらに繊細になっている。
→関連項目賀茂保憲女十三代集

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精選版 日本国語大辞典「風雅和歌集」の解説

ふうがわかしゅう フウガワカシフ【風雅和歌集】

南北朝時代に成った一七番目の勅撰和歌集。二〇巻で、歌数は流布本で二二一一首。花園院の監修の下に、光厳院が撰定した。貞和二~五年(一三四六‐四九)頃成立。真名序・仮名序共に花園院の執筆。四季・旅・恋・雑・釈教・神祇・賀の部立より成る。「玉葉集」を踏襲し、京極派の影響が強い。代表歌人は伏見院、永福門院、花園院、藤原為兼、定家など。風雅集。

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旺文社日本史事典 三訂版「風雅和歌集」の解説

風雅和歌集
ふうがわかしゅう

南北朝時代,第17番目の勅撰和歌集
1346年成立。20巻。歌数約2200首。花園院(北朝)の監修,光厳院の撰。二条家流の形式的な歌風を排し,京極家流の写実性と感覚性を重視し,内観的傾向をもつ。『玉葉和歌集』とともに中世におけるユニークな勅撰集。

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世界大百科事典 第2版「風雅和歌集」の解説

ふうがわかしゅう【風雅和歌集】

17番目の勅撰和歌集。略して《風雅集》ともいう。花園上皇の監修,光厳上皇の撰により,北朝の貞和5年(1349)に成る。真名(まな)仮名序,春歌(上・中・下),夏歌,秋歌(上・中・下),冬歌,旅歌,恋歌(1~5),雑歌(上・中・下),釈教歌,神祇歌,賀歌の20巻,約2200首を収める。皇室が持明院統と大覚寺統の2流に分かれて皇位を争った鎌倉時代中期以降,定家―為家と継承された〈歌の家〉御子左家(みこひだりけ)も分裂し,二条家が大覚寺統,京極家が持明院統について,勅撰集撰者の地位を争うようになった。

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世界大百科事典内の風雅和歌集の言及

【十三代集】より

…勅撰和歌集(二十一代集)のうち,第9集以後の《新勅撰和歌集》《続(しよく)後撰和歌集》《続古今和歌集》《続拾遺和歌集》《新後撰和歌集》《玉葉和歌集》《続千載和歌集》《続後拾遺和歌集》《風雅和歌集》《新千載和歌集》《新拾遺和歌集》《新後拾遺和歌集》《新続古今和歌集》の13の集をいう。 勅撰和歌集は,八代集の最後を飾る《新古今集》で芸術至上主義的な極致に達し,その後は歌の家としての権威を確立した御子左(みこひだり)家,特にその嫡流の二条家の主導で,平明を基調として展開する。…

※「風雅和歌集」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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