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了明尼 りょうみょうに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

了明尼 りょうみょうに

1294-1376 南北朝時代の尼僧。
永仁(えいにん)2年3月生まれ。真宗仏光寺派仏光寺7世了源の妻。8世をついだ長男の源鸞(げんらん)の死後9世となり,のち次男の唯了に10世をゆずった。永和2=天授2年1月23日死去。83歳。俗名は順子。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

了明尼

没年:永和2/天授2.1.23(1376.2.13)
生年:永仁2.3(1294)
南北朝時代の真宗の尼。同宗仏光寺派8世宗主で,同7世了源 の妻。9世源鸞,10世唯了 の生母。出自は不明。仏光寺教団は,道場(寺院)経営を夫が「坊主」,妻が「坊守」という方法をとっていたため,了明尼は中興の祖とされる了源と共に形成期の教団を支える。夫の没(1336)後,後家尼として住持を勤めた。8世に就いたことについて,同寺伝では,9世源鸞の病弱を理由にあげるが,源鸞,唯了が元服(成人)前後の年齢であったため,「坊守」が住持になったと思われる。尼が一教団の実質上の宗主を勤めた点は注目される。了明尼が宗主在任中に教団が拡大したためか,文和1/正平7(1352)年に,延暦寺大衆が祇園社に仏光寺の破却を命じるという事件が起きた。<参考文献>平松令三『真宗史論攷』

(遠藤一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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