二ッ山城跡(読み)ふたつやまじようあと

日本歴史地名大系 「二ッ山城跡」の解説

二ッ山城跡
ふたつやまじようあと

[現在地名]瑞穂町鱒淵

出羽いずわ川の北岸、瑞穂盆地を一望に見下ろすことのできる標高五三〇・八メートルの字二ッ山・字永明寺ようめいじなどに築かれた山城。出羽城ともいう。平地との比高は二〇〇メートル。貞応二年(一二二三)富永(出羽)朝輔が築いたと伝え、同氏はここを拠点に邑智郡邇摩にま郡・安濃あの郡などに勢力を広げた。康安元年(一三六一)実祐の時に南朝方の高橋師光に敗れてから高橋氏の居城となった(一一月二四日「治部少輔遵行状」閥閲録)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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