二子石村(読み)ふたごいしむら

日本歴史地名大系 「二子石村」の解説

二子石村
ふたごいしむら

[現在地名]久木野村久石ひさいし

西流する白川上流左岸にあり、上流は市下いちした(現白水村)下流上久木野村、北の対岸吉田よしだ(現白水村)、南は上益城かみましき江野原ごうのはる(現清和村)に接する。興国三年(一三四二)六月二〇日の後村上天皇綸旨写(阿蘇家文書)に「南郷内野尻二子石両村」とみえ、阿蘇社大宮司阿蘇惟時に安堵されている。南北朝期以降阿蘇社の造営などに際し、各種の負担をし、正平七年(一三五二)には阿蘇社南四宮の裏側の屋根の葺替えを他三村とともに負担している(同年二月吉日「阿蘇社上葺等次第」同文書)。文明一六年(一四八四)八月二八日の阿蘇十二社同霜宮最花米注文(同文書)によれば、「二子石之分」として、清水きよみず・ひかしなかつミ・にしなかつミ(現字東・西か)藤波ふじなみ御所園ごしよその境目さかいめ下恵良しもえらより豆各一斗、馬場ばば(現白水村か)橋詰はしづめから豆各五升、しゝより大豆一斗を納入している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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