改訂新版 世界大百科事典 「二重帰属意識」の意味・わかりやすい解説
二重帰属意識 (にじゅうきぞくいしき)
労働者が経営側と労働組合側の双方に,同時に一体感ないし忠誠心を抱いている意識状態をいう。尾高邦雄が一連の労働者意識調査の結果から導きだした概念である。労働と経営の関係を対立図式のなかでみる立場からすれば,経営側に忠誠心をもつ労働者は組合離反の意識をもち,その逆に組合一辺倒の労働者は経営側に対して批判的あるいは対抗的態度の持主だと考えられがちだが,尾高らの調査結果によると,実際にはそのような意識をもつ労働者はどちらもわずかであり,多数を占めるのは労使双方に帰属感を示している労働者である。このような意識状態はアメリカなど諸外国の労働者にも少なからず見いだされるが,とくに日本の場合,労働組合が企業内に組織されている(〈企業別組合〉の項参照)だけに,この意識は多くの労働者の労使関係観を支配してきた。とりわけこの意識が顕著にみられるのは,役付労働者を中心とした職場末端の中堅層である。彼らは経営管理機構の末端職制であるとともに,しばしば組合活動を職場レベルで支えてきたオピニオン・リーダーでもある。そしてこの層を軸として担われてきた二重帰属意識は,日本の労使関係の安定と労使協調を支え促す社会心理的基盤をなしてきたといわれている。しかし二重帰属意識は労働者の意識のなかに不変的に固定しているわけではない。昭和20年代後半の意識調査結果は,多数の労働者のなかに二重帰属意識を見いだしたが,昭和30年代中ごろからの調査はその減少傾向を明るみに出し,高度経済成長下において経営と組合の双方から心理的に離脱した労働者が若年層を中心に増加していることを示した。さらに石油危機後の昭和40年代末以降に行われた意識調査の結果をみると,雇用不安のもとで経営に対する依存的な一体感は増え,経営帰属意識はそれによって高まったかにみえるが,組合帰属意識のほうは回復していない。
執筆者:石川 晃弘
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報