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二階堂行朝 にかいどう ゆきとも

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

二階堂行朝 にかいどう-ゆきとも

?-1353 南北朝時代の武将。
建武(けんむ)2年以後3度室町幕府の政所(まんどころ)執事となったほか,安堵方頭人(あんどかたとうにん),引付頭人,評定衆をかねる。観応(かんのう)の擾乱(じょうらん)でははじめ足利直義(ただよし)に,のち足利尊氏にしたがった。文和(ぶんな)2=正平(しょうへい)8年9月25日死去。法名は行珍。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

二階堂行朝

没年:文和2/正平8.9.25(1353.10.22)
生年:生年不詳
南北朝時代の吏僚。貞綱の子。左衛門尉,信濃守。嘉暦1(1326)年出家し,行珍と称す。室町幕府が成立するや,建武3/延元1(1336)年12月には安堵方なる新設機関の頭人に任用され,暦応1/延元3年10月には政所執事に補任された。また同年8月より裁判機関である引付方の頭人も兼ね,康永3/興国5(1344)年には引付方一番の寄人に任ぜられるなど法曹官僚として幅広く活動した。足利尊氏・直義兄弟が争った観応の擾乱では初め直義方,次いで尊氏方に寝返り,文和1/正平7(1352)年より再び政所執事に返り咲いたが,翌年落馬がもとで死去。

(今谷明)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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