五斎院跡(読み)いつつじさいいんあと

日本歴史地名大系 「五斎院跡」の解説

五斎院跡
いつつじさいいんあと

[現在地名]上京区西五辻東町

賀茂の三三代斎院を務めた鳥羽天皇の皇女頌子内親王が、退下してから死去するまで住した居所。姫宮(ひめみや)御所とも称された(兵範記)。「兵範記」仁安三年(一一六八)正月一九日の裏書の条に「姫宮御所一条北辺五辻」とみえ、この頃には既に御所のあったことが知られる。中古京師内外地図は五辻殿の東隣に「五辻斎院」と記す。

頌子内親王は承安元年(一一七一)六月二八日に賀茂の斎院になったが(玉葉)、病で三ヵ月足らずで退下し(皇帝紀抄)、承元二年(一二〇八)六四歳で死去した(百錬抄)。

院領には紀州南部(みなべ)庄と山城伏見(ふしみ)庄があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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