五覧田城跡(読み)ごらんだじようあと

日本歴史地名大系 「五覧田城跡」の解説

五覧田城跡
ごらんだじようあと

[現在地名]東村荻原 関守

五乱田とも書く。渡良瀬川とその支流田沢(たざわ)川にかかえこまれた山地の南端要害(ようがい)山の山頂に立地。本丸(東西五〇メートル、幅一六メートル)は標高五九二・九メートルの山頂にあり、これを中心に東・西・北の尾根筋に沿って合計一四個の郭が並ぶ連郭式の山城。また、南麓の関守(せきもり)の田沢川北岸には、五〇メートルの崖上に方一一〇メートルの単郭の遺構があったと伝えられ、おそらくここに関所が設けられ、この関所を防備する城として五覧田城が築かれたものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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