五間堂村(読み)ごけんどうむら

日本歴史地名大系 「五間堂村」の解説

五間堂村
ごけんどうむら

[現在地名]根上町五間堂町

手取川河口扇状地南方、中庄なかのしよう村の東に位置する。地名の起りはかつて真言宗寺院が二宇あり、一寺が五間四方であったことからという。またかつては集落は二つに分れていたが、手取川の氾濫でもとの所在地の北方高地に移動した際、一つになったと伝える(根上町史)。貞治年間(一三六二―六八)頃と推定される勝楽寺寺田引付(大徳寺文書)によると、「力丸名三分二分」の任田とうだ郷内勝楽しようらく(現小松市)寺田三段一〇代内半分として「五家堂前光 去年未進一石六斗 今年一石六斗」とみえる。この「五家堂」は移動前の五間堂のことであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む