井内谷(読み)いのうちだに

日本歴史地名大系 「井内谷」の解説

井内谷
いのうちだに

[現在地名]井川町井内いうち

現町域の南部、かいな(一三三二メートル)の北麓斜面を占める。中央を内谷うちだに川が北流する。同川は正保四年(一六四七)の海陸道度帳に井之内いのうち川とみえ、広さ一〇間、深さ五、六寸とある。北は東井川ひがしいのかわ村、東は西庄にししよう(現三加茂町)、西は西井川村漆川しつかわ(現池田町)。南のみずくち峠を越えると祖谷いや山に至る。江戸時代前期には実質的に東西に分れた。慶長期(一五九六―一六一五)のものと推定される国絵図に「井の内谷」とみえる。慶長二年の分限帳に井内とあり、四五〇石が牛田掃部助の知行正保国絵図では井内谷とみえ、高四五〇石。寛文四年(一六六四)郷村高辻帳によると、四五〇石すべてが畑方で、芝山・小はヘ山の注記がある。明暦四年(一六五八)検地帳(井川町ふるさと交流センター蔵)では東分の田五町三反余・高四二石余、畠二〇六町九反余・高三二九石余、上毛分三〇石余。西分の田五町六反余・高五〇石余、畠二〇一町九反余・高三六四石余、上毛分三五石余。同年の棟付帳(同センター蔵)では家数二三二、うち西井内谷一三〇・東井内谷一〇二、男四三八のうち西井内谷三四七・東井内谷一九一。延宝二年(一六七四)の棟付帳(同センター蔵)では西井内谷の高四一五石余、家数二二一・男五八五。東井内谷の高三六八石余、家数一八四・男五一九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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