井出勘七(読み)いで かんしち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「井出勘七」の解説

井出勘七 いで-かんしち

1758-1829* 江戸時代後期の武士
宝暦8年生まれ。筑前(ちくぜん)福岡藩士。寛政7年急死した藩主黒田斉隆(なりたか)の女子と,支藩の秋月藩主黒田長舒(ながのぶ)の男子をひそかにとりかえ嗣子にしたとされる。幼い藩主黒田斉清の養育係となり,浦奉行,郡奉行,町奉行などを歴任。文政11年12月20日死去。71歳。本姓山内。名は伊明(これあき)。字(あざな)子復。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む