新撰 芸能人物事典 明治~平成 「京山恭安斎」の解説 京山 恭安斎(初代)キョウヤマ キョウアンサイ 職業浪曲師 本名板原 孫太郎 出生地紀伊国 有田(和歌山県) 経歴父は典医だが親に勘当され、諸国巡業中に備後で没した。関西にあって祭文から浮かれ節に転じた功労者といわれる。関西浪曲界の名門・京山派の始祖。 没年月日明治22年 3月14日 (1889年) 出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「京山恭安斎」の解説 京山恭安斎(初代) きょうやま-きょうあんさい ?-1890 明治時代の浪曲師。紀伊(きい)和歌山藩医の子。京都で同郷の祭文(さいもん)語りや文句入り祭文語りと知りあい,明治初期に三味線の伴奏をつけた「浮連節(うかれぶし)」「ちょんがれ節」を考案。これが浪花節(浪曲)のはじまりといわれる。明治23年10月14日死去。本名は板原孫太郎。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by