京徳寺(読み)きようとくじ

日本歴史地名大系 「京徳寺」の解説

京徳寺
きようとくじ

[現在地名]弘前市西茂森町一丁目

西茂森にししげもり町禅林街三十三ヵ寺の一つ。長勝ちようしよう寺を主座とする上寺のなかにある。鳳松ほうしよう院の東隣に位置。竜負山と号し、曹洞宗本尊は竜負観音。もと長勝寺末寺筆頭。

長勝寺並寺院開山世代調(長勝寺蔵)によれば、享禄三年(一五三〇)五本松ごほんまつ(現南津軽郡浪岡町)に、長勝寺二代秋澗梵菊を開山として創立されたとある。曹洞諸寺院縁起志(宗徳寺蔵)は創立を同二年とする。開基浪岡なみおか(現浪岡町)北畠氏七代具永で、寺号は具永の法号竜負山京徳祐元大居士によるといわれる。正徳元年(一七一一)の寺社領分限帳(市立弘前図書館蔵)によれば、慶長年間(一五九六―一六一五)に弘前に移ったとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む