京新田(読み)きようしんでん

日本歴史地名大系 「京新田」の解説

京新田
きようしんでん

[現在地名]鈴鹿市深溝町

深溝(ふかみぞ)集落の北西約五〇〇メートル、原野の中にある。開墾者は京都の津田道秀で、孫道哲の延享二年(一七四五)口上書写(津田家蔵)によると、道秀は所司代板倉氏に親しくなった縁故で、寛文九年(一六六九)板倉重常が亀山城主となると、子左兵衛とともに深溝・長沢(ながさわ)両村にわたる原野の開墾を許された。

延宝二年(一六七四)新田開発印状之事によれば、「新田畑致墾候処三百石也、令験地候、石代高ニ定免弐ツ取、三ケ年鍬下、四年目ヨリ御年貢上納可仕事」とあり、道秀・倅左兵衛分居屋敷、開墾地分それぞれ五石ずつが石高から引かれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む