京極寺(読み)きようごくじ

日本歴史地名大系 「京極寺」の解説

京極寺
きようごくじ

[現在地名]北区小山下総町

大正年間、京都市上京区上御霊竪かみごりようたて町から移転。真言系の単立寺院で、高陽山と号し、本尊薬師如来。初め京極三条(現京都市中京区)にあり、当初は天台宗、のち律宗となり、応仁(一四六七―六九)以後真言宗京都仁和寺の所轄となる。寺伝では宝亀五年(七七四)開成法皇子の開基で、延暦元年(七八二)高陽親王を二世とし、嵯峨天皇の勅願所であった。「今昔物語集」巻二四には「高陽親王ト申ス人御ケリ。此ハ□□天皇ノ御子也、極タル物ノ上手ノ細工ニナム有ケル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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