コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

京極為教 きょうごく ためのり

3件 の用語解説(京極為教の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

京極為教 きょうごく-ためのり

1227-1279 鎌倉時代の公卿(くぎょう),歌人。
嘉禄(かろく)3年閏(うるう)3月20日生まれ。藤原為家(ためいえ)の子。歌道の藤原北家の御子左(みこひだり)家に生まれる。父の死後兄為氏(ためうじ)の二条家,弟為相(ためすけ)の冷泉(れいぜい)家に対し,京極家をおこす。従二位,非参議。作品は「河合社(かわいのやしろ)歌合(うたあわせ)」「続後撰和歌集」などにみられる。弘安(こうあん)2年5月24日死去。53歳。号は毘沙門堂

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

京極為教

没年:弘安2.5.24(1279.7.4)
生年:安貞1.閏3.20(1227.5.7)
鎌倉時代の歌人。藤原為家の3男。母は宇都宮頼綱の娘。二条為氏は同母兄,冷泉為相は異母弟。為兼の父。近衛少将,蔵人頭,右兵衛督を経て非参議従二位に至る。法名,明正または明心。若年より西園寺実氏の庇護を受け,後嵯峨院の近臣でもあった。寛元1(1243)年河合社歌合以来,多くの歌会,歌合に出詠。『弘安百首』『嘉元百首』作者。兄為氏と不仲であったと伝えられ(『井蛙抄』),次代の二条,京極両家対立の一因を為した。為氏の『続拾遺集』選進に際して子の為子,為兼の入集増を懇願したが聴きいれられなかったという(「岩崎家所蔵手鑑」)。

(田仲洋己)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

京極為教
きょうごくためのり

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の京極為教の言及

【京極家】より

…中世初期の歌道家。藤原氏御子左家(みこひだりけ)の一流。為家の子の為教(ためのり)が定家の一条京極亭を伝領し,京極を号したことによる。毘沙門堂家ともいう。為教とその子京極為兼(ためかね)は二条家に対抗して持明院統・西園寺家に親近して立場を確立し,伏見天皇の側近を中心に京極派を形成して歌道の覇権を握る。京極派は中世の勅撰和歌集のうち《玉葉和歌集》(為兼撰),《風雅和歌集》(花園院監)を撰して,その存在を誇示するが,為兼に実子がなく,その没後まもなく断絶する。…

※「京極為教」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

京極為教の関連キーワード二条為氏藤原為氏藤原為世続後撰和歌集続拾遺和歌集新後撰和歌集藤原為定藤原為教藤原為顕佐藤恒雄

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone