日本歴史地名大系 「仁井令」の解説
仁井令
にいりよう
仁井令一帯を領域とした、中世の国衙領。
<資料は省略されています>
とみえる。
鎌倉時代以後、国衙を通じて、知行国主である東大寺の支配下にあった。保司が置かれ、公文が現地支配に当たっている。保司が置かれたことから保と同一に考えられて「仁井令保」と記されることもあった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
仁井令一帯を領域とした、中世の国衙領。
とみえる。
鎌倉時代以後、国衙を通じて、知行国主である東大寺の支配下にあった。保司が置かれ、公文が現地支配に当たっている。保司が置かれたことから保と同一に考えられて「仁井令保」と記されることもあった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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