今下町(読み)いましたまち

日本歴史地名大系 「今下町」の解説

今下町
いましたまち

[現在地名]長崎市賑町にぎわいまち

本下もとした町の北東地獄じごく川河口の右岸にある長崎うち町の一ヵ町で、船手に属した。町並はほぼ東西に形成され、南は材木ざいもく町に通じる。もと内下うちした町のうちで、寛文一二年(一六七二)大町の分割策に伴い分立、同年の間数九〇間・実箇所数三〇・諸役御免箇所四(長崎県史)。元禄二年(一六八九)当時は間数九〇間半余で、三二箇所のうち四箇所(乙名三・日行使一)が諸役御免(長崎拾芥)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む