今城跡(読み)いまじようあと

日本歴史地名大系 「今城跡」の解説

今城跡
いまじようあと

[現在地名]山城町大字北河原 北谷・北山

西流する鳴子なるこ川の北側に東西に延びる丘陵性山地の西端部(約八〇メートル)に位置する。西方眼下北河原きたがわら大平尾おおひらお集落を望み、南に椿井つばい、北に小平尾おびらお集落を見渡す。眼下の奈良街道および伊賀道を押える。所在地を稲荷いなり山といい、頂上に栄寿えいじゆ神社という名の稲荷社が祀られている。

「大乗院寺社雑事記」文明一七年(一四八五)一〇月一九日条に「(綺)今城」とみえ、挿図は「ヒラウ」の東に「ヰマ城」とある。築城者、築城・廃城の時期は不明。現状は稲荷社の境内に利用されている頂上の削平地と、西北に落ちる尾根に三ヵ所の削平地がみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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