今滝寺村
こんりゆうじむら
[現在地名]八鹿町今滝寺
小佐川と八木川の間を走る尾根を隔てて石原村の南に位置する。八木川支流今滝川の上流谷間を占める。南東は上・中・下の八木村。集落は八木城主八木氏の菩提寺であった今滝寺(現高野山真言宗)の門前として発達。江戸時代を通じて幕府領(寛永一六年知高帳・宝暦七年但馬国高一紙、「但馬国高附郡訳手控」岡田家文書など)。古く当村は八木三ヵ村と合せて一村であったが、慶長六年(一六〇一)の検地で四ヵ村に村切されたという(享保九年「訴状」・安政三年「訴状」今滝寺区有文書など)。元和二年(一六一六)の検地帳(同文書)では高一三石余、茶役米二斗一升・山米六斗を上納している。享保六年(一七二一)の村明細帳(八鹿町史)によると高一五石余(反別四町二反余)、家数一七(本百姓一二・水呑五)・人数六七、牛五。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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