滝寺村(読み)たきでらむら

日本歴史地名大系 「滝寺村」の解説

滝寺村
たきでらむら

[現在地名]中央区葺合町(ふきあいちよう)

熊内(くもち)村の北西、生田(いくた)川の東岸、砂(いさご)山の北側鞍部に立地する。山間にあった滝勝(りゆうしよう)寺を中心とした村。慶長国絵図には山間に「滝上寺」とみえ、高五五石余。元和三年(一六一七)の摂津一国御改帳では滝寺とみえ高五五石余。領主の変遷は熊内村に同じであったが、明和六年(一七六九)以降も下総古河藩領。寛文九年(一六六九)頃の尼崎藩青山氏領地調(加藤家文書)によれば田方三二石余・畑方二三石余、家数一・人数四。


滝寺村
たきでらむら

[現在地名]上越市滝寺・上昭和(かみしようわ)町

下正善寺(しもしようぜんじ)村の南東に位置。正保国絵図によると高一七一石余。天和三年郷帳では一六七石四斗余、うち山高一石五升二合。当地にかつて真言宗滝寺山吉祥(きつしよう)寺があり、泰澄開山を伝えていたという。この寺の銅造毘沙門天(室町時代)は上杉謙信の格別の信仰を得たと伝え、七堂伽藍坊中一五を数えたといい、仏供田・石仏・寅御前庵・供養田・五輪山などの小字名が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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