今福神社(読み)いまふくじんじや

日本歴史地名大系 「今福神社」の解説

今福神社
いまふくじんじや

[現在地名]松浦市今福町 東免

野々田ののた鎮座祭神は伊弉諾命・伊弉冉命・綿津美神。旧村社。もととし宮と称し、近江多賀たが大社(現滋賀県多賀町)の分霊を勧請している。松浦氏の始祖という源久を祀るともいう。今福の領主松浦丹後守家の庇護を受けた。康永四年(一三四五)清により神事祈祷を命じられた今福七社のうちに含まれる(同年三月一七日「松浦清下文写」早田文書、以下断りのない限り同文書)。貞和六年(一三五〇)今福浦内の田地一反ずつが「年御前」などに、観応三年(一三五二)壱岐島の物部ものべ(現郷ノ浦町)内の田地五反が今福浦五社に寄進された(貞和六年五月一六日および観応三年二月九日松浦清寄進状写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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