介行まん(読み)かいぎょう まん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「介行まん」の解説

介行まん かいぎょう-まん

1717-1807 江戸時代中期の行者
享保(きょうほう)2年生まれ。食行身禄(じきぎょう-みろく)の次女大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩士黒木長三郎と結婚。寛政元年富士講身禄派の総帥(そうすい)となる。富士講の祖である身禄の菩提寺海蔵寺には,まんがつくった身禄像がまつられている。文化4年10月26日死去。91歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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