仏性院跡(読み)ぶつしよういんあと

日本歴史地名大系 「仏性院跡」の解説

仏性院跡
ぶつしよういんあと

[現在地名]財部町北俣

北俣きたまたの仏性院にある。桜木さくらぎ村の地にあった真言宗寺院。鹿児島城下大乗だいじよう院末で、「三国名勝図会」などによれば、小牧山法厳寺と号し、本尊は不動明王。元禄七年(一六九四)火災のため蔵書が焼失し開基の年月はつまびらかではないが、中興開山は舜海という。のち桜木村の祈願所となる。「三州御治世要覧」に寺領一四石とある。古くは北俣村に末寺として和田わだ房・善光ぜんこう寺・萬願まんがん寺があり、現在その旧跡が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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