仏木村(読み)ほとぎりむら

日本歴史地名大系 「仏木村」の解説

仏木村
ほとぎりむら

[現在地名]志賀町仏木

谷屋たにや村の南、米町こんまち川に合流する仏木川流域にあり、大部分平地。初め加賀藩領。天正一七年(一五八九)六月二日の徳田庄検地打渡状(諸家文書)、同一九年一〇月二六日の前田利家印判状(能登国古文書)に村名がみえ(→館開村、慶長九年(一六〇四)一一月の検地打渡状(諸家文書)によると高六〇〇俵、うち荒九三俵余。同一一年から土方雄久領となり、土方雄久知行目録によると高は同じで、五割が百姓取分。


仏木村
ほとぎむら

[現在地名]安心院町仏木

さかいつぼ村の南、中山なかやま谷奥方にある。南は番木ばんぎ村、東は村部そべ村。暦応三年(一三四〇)七月一六日の弥勒寺神修譲状案(小坂坊文書)に「一仏木田地七杖同畠壱反」とみえ、同所などが千代丸に譲られている。近世領主変遷妻垣つまがけ村に同じ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

2022年度から実施されている高校の現行学習指導要領で必修となった科目。実社会や実生活で必要となる国語力の育成を狙いとし、「話す・聞く」「書く」「読む」の3領域で思考力や表現力を育てる。教科書作りの...

現代の国語の用語解説を読む