仲原馬場(読み)なかばるばば

日本歴史地名大系 「仲原馬場」の解説

仲原馬場
なかばるばば

[現在地名]今帰仁村越地 与比地原

かつての謝名じやな村字仲原なかばる、現在の越地与比地原こえちゆぴちばるにある馬場。地元では単にマーウイ(馬場の意)という。長さ約二五〇メートル、幅約三〇メートルあり、中央部にある高さ一メートルほどの石垣は来賓席として使われた。沖縄県下で最もよく旧態をとどめている馬場として県の史跡指定されている。「球陽」尚貞王二七年(一六九五)条には首里に戯馬場がなく、人々は各地に出向き騎馬の方法を習っていたことから、馬場を西原にしばる間切平良てーら(現那覇市)に開いたとの記載がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む