仲見世(読み)なかみせ

日本歴史地名大系 「仲見世」の解説

仲見世
なかみせ

[現在地名]台東区浅草一丁目

浅草寺南の風雷神ふうらいじん(通称雷門)仁王門(現宝蔵門)とを結ぶ南北の通り。浅草寺の門前町として境内商人が店を並べていた一区画で、元禄年間(一六八八―一七〇四)に浅草寺境内の掃除賦役を課せられていた人々が、その代償として出店による営業の特権を得たのが仲見世の始まりで、その呼称浅草広小路と仁王門との中間にあったことによるという。店舗のほとんどは掛見世と称される簡便な建物で、商売のみに利用され夜間は無人となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

事典・日本の観光資源 「仲見世」の解説

仲見世

(東京都台東区)
台東区思い出の景観30選指定の観光名所。

出典 日外アソシエーツ「事典・日本の観光資源」事典・日本の観光資源について 情報

世界大百科事典(旧版)内の仲見世の言及

【浅草】より

…1878年東京市15区制によって寺を中心とする南北に長い地区が浅草区となり,1947年に下谷区と合併して台東区の一部となった。1873年浅草寺域は浅草公園に指定され,のち園地は一区観音堂,二区仲見世,三区伝法院,四区木馬館一帯,五区花屋敷一帯,六区興行街の6区画に整備された。そのうち六区の興行街は1903年に日本最初の常設映画館〈電気館〉ができて東京の大衆娯楽の代表地となり,浅草公園の代名詞ともなった。…

【浅草寺】より

…当時一山は寺中34ヵ寺によって運営され,末寺17,門徒8,末寺の門徒2を従える大寺であった。 寺内町の仲見世は江戸きっての盛り場であり,網野宥俊《浅草寺史談抄》などによれば境内の奥山には芝居・見世物小屋が並んで,松井源水の曲ごま,深井志道軒の講釈,軽業,居合抜,からくり,女相撲,歌祭文など庶民的芸能が技を競いあった。また三社権現(現,浅草神社。…

※「仲見世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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