伊王野城跡(読み)いおうのじようあと

日本歴史地名大系 「伊王野城跡」の解説

伊王野城跡
いおうのじようあと

[現在地名]那須町伊王野 河原町

那珂川支流の三蔵(さんぞう)川と奈良(なら)川の合流点北側、八溝(やみぞ)山塊支脈の丘陵突端部にあり、霞(かすみ)ヶ城とも称した。伊王野館の北方にあたる。南東の大手から北へ三の丸・二の丸・本丸と続く丘陵斜面を利用した連郭式の山城。南北約一・二キロ、大手から北端の遠見(とび)の郭(標高約三七〇メートル)までの高度差は約一三〇メートルある。長享元年(一四八七)以前、応仁―文明年間(一四六七―八七)頃の築城と思われる(享保一四年正福寺境内社熊野堂石祠銘など)。伊王野館から当城に移り住んだ伊王野氏は那須七騎の一として、大関・大田原両氏が台頭するまで那須郡北域に勢力を有したことが諸書に散見する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 イソオウギガニ科のカニ。浅海にすみ、甲は丸みのある四角形で、甲幅13センチくらい。全体に黄褐色。甲の縁と脚に太いとげが多数ある。本州中部以南に産し、食用。2 ズワイガニの別名。鳥取・島根地方でいう...

松葉蟹の用語解説を読む