伊藤 隼三
イトウ ハヤゾウ
明治〜昭和期の医師 京都帝大名誉教授;伊藤病院院長。
- 生年
- 元治1年5月9日(1864年)
- 没年
- 昭和4(1929)年5月14日
- 出生地
- 因幡国鳥取(鳥取県)
- 旧姓(旧名)
- 小林
- 学歴〔年〕
- 帝国大学医科大学〔明治23年〕卒
- 経歴
- 小林辰蔵の三男として鳥取に生まれ、明治22年伊藤健蔵の養子となる。23年郷里・鳥取に帰り養家の伊藤病院院長となる。ついで札幌病院院長に就任。29年外科学研究のため私費でドイツ、スイスに留学し、32年帰国、札幌病院院長に復職する。33年京都帝大医科教授となり外科学などを講じ、34年から付属病院長を兼任した。また帝国学士院会員となり、日本医師会副会頭を務める。同大退官後は名誉教授となり、郷里に戻り伊藤病院の経営に当たった。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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伊藤隼三 いとう-はやぞう
1864-1929 明治-大正時代の外科学者。
元治(げんじ)元年5月9日生まれ。ドイツ,スイスに留学後,明治33年京都帝大教授となり,翌年付属病院長をかねる。日本医学会副会頭をつとめた。昭和4年5月14日死去。66歳。因幡(いなば)(鳥取県)出身。帝国大学卒。旧姓は小林。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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