伊達金三郎墓(読み)だてきんざぶろうのはか

日本歴史地名大系 「伊達金三郎墓」の解説

伊達金三郎墓
だてきんざぶろうのはか

世尊寺境内にある。金三郎は高村に生れ、甲奴(こうぬ)郡有田(ありだ)村(現甲奴町)の伊達家の養子となり、同郡上下(じようげ)村(現上下町)に大森(おおもり)銀山(現島根県大田市)の代官所支配の天領陣屋があったことから、代官井戸平左衛門の手代役となった。享保の飢饉を救うため、代官の指示で薩摩国に入り、ひそかに薩摩芋を持帰り、青木昆陽が関東地方に薩摩芋を広めた享保二〇年(一七三五)よりも三年早く中国地方で栽培を始め、多くの農民を飢饉から救った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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