似湾村
にわんむら
[現在地名]勇払郡
穂別町字
栄・字
仁和・字
豊田・字
和泉 明治初年(同二年八月から同六年の間)から大正八年(一九一九)三月までの村。勇払郡の東端に位置し、南西は生鼈村(現鵡川町)、北東は累標村、北西は厚真村(現厚真町)、南東は日高国沙流郡に接する。南流する鵡川に西から似湾川が合流する。明治六年(一八七三)六月の「胆振国地誌提要」にアイヌ一〇戸・五二人(男二四・女二八)のニワン村、アイヌ九戸・四八人(男二六・女二二)のカヱカウン村(カヱカウシ村)、アイヌ五戸・二四人(男一二・女一二)のイナユフ村、アイヌ五戸・二八人(男一八・女一〇)の上キナウシ村がみえ、同年八月この四村を統合して似湾村とすることを決定(「勇払往復」道立文書館蔵簿書)。
似湾村
にわんむら
大正八年(一九一九)四月から昭和四年(一九二九)九月までの勇払郡の村。似湾村・累標村・穂別村・辺富内村を合併し、二級町村制を実施して成立。旧村名を継承し、四大字を編成した。大正八年九月に官設辺富内駅逓を開設。同九年現在の字福山に官設居路夫駅逓を開設。同一〇年村上勇助が中穂別(現在の字稲里)で温泉湯屋を経営。同一二年六月に北海道鉱業鉄道(翌年北海道鉄道と改称)の生鼈駅(現鵡川町)―似湾沢駅間が開通、同年一一月には辺富内駅まで開通し、同時に杵臼駅・穂別駅が開業した。同年には似湾村役場が穂別市街に移り、私設穂別消防組結成、中穂別郵便局が移転して穂別郵便局が開局。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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