コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

佐野紹益 さの じょうえき

美術人名辞典の解説

佐野紹益

江戸前期の歌人。京都生。紹由の養子。名は重孝、通称を灰屋三郎左衛門。後水尾天皇に歌を教授する。また茶道を能くし、諸芸に通じた。吉野太夫を娶った事も有名である。元禄元年(1688)歿、82才(一説に85才、また80才)。

出典|(株)思文閣美術人名辞典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

さのしょうえき【佐野紹益】

1607‐91(慶長12‐元禄4)
江戸初期の豪商。京都上層町衆の代表的人物。名は重孝,通称は三郎兵衛。紹益は号である。父は佐野紹由,一説に本阿弥光益とも。南北朝時代以来,藍染の触媒に用いる灰を扱う紺灰屋を家業とし,紺灰問屋を支配したことから,家号を灰屋という。ただし,すでに父紹由のころより業はやめ,家号だけが存していたともいわれる。和歌,俳諧を烏丸光広松永貞徳に,蹴鞠(けまり)を飛鳥井雅章に,書を本阿弥光悦に,茶の湯を千道安に学ぶなど,あらゆる芸能に精通し,光悦を中心とする文化人グループに加わり,後水尾上皇をはじめ公卿,大名,武士,美術家,茶人,僧侶など,その交際範囲はきわめて広かった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

さのしょうえき【佐野紹益】

灰屋はいや紹益

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

世界大百科事典内の佐野紹益の言及

【吉野】より

…いずれにせよ,8歳で林家に預けられ,14歳で出世して太夫となり吉野を称した。1631年(寛永8)上京(かみぎよう)の豪商佐野(灰屋)紹益に請け出されて廓を去るまで,13年にわたって太夫の位にあった。その間,〈六条の七人衆〉の筆頭にあげられ,〈天の下にならびなきあそび〉と評された。…

※「佐野紹益」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

佐野紹益の関連キーワード灰屋紹益

今日のキーワード

かりゆし

1 沖縄方言で「縁起がよいこと」「めでたいこと」を表す語。2 「かりゆしウエア」の略。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android