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佐野紹益 さの じょうえき

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美術人名辞典の解説

佐野紹益

江戸前期の歌人。京都生。紹由の養子。名は重孝、通称を灰屋三郎左衛門後水尾天皇に歌を教授する。また茶道を能くし、諸芸に通じた。吉野太夫を娶った事も有名である。元禄元年(1688)歿、82才(一説に85才、また80才)。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

佐野紹益 さの-じょうえき

灰屋紹益(はいや-じょうえき)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

さのしょうえき【佐野紹益】

1607‐91(慶長12‐元禄4)
江戸初期の豪商。京都上層町衆の代表的人物。名は重孝,通称は三郎兵衛。紹益は号である。父は佐野紹由,一説に本阿弥光益とも。南北朝時代以来,藍染の触媒に用いる灰を扱う紺灰屋を家業とし,紺灰問屋を支配したことから,家号を灰屋という。ただし,すでに父紹由のころより業はやめ,家号だけが存していたともいわれる。和歌,俳諧を烏丸光広松永貞徳に,蹴鞠(けまり)を飛鳥井雅章に,書を本阿弥光悦に,茶の湯を千道安に学ぶなど,あらゆる芸能に精通し,光悦を中心とする文化人グループに加わり,後水尾上皇をはじめ公卿,大名,武士,美術家,茶人,僧侶など,その交際範囲はきわめて広かった。

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大辞林 第三版の解説

さのしょうえき【佐野紹益】

灰屋はいや紹益

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の佐野紹益の言及

【吉野】より

…いずれにせよ,8歳で林家に預けられ,14歳で出世して太夫となり吉野を称した。1631年(寛永8)上京(かみぎよう)の豪商佐野(灰屋)紹益に請け出されて廓を去るまで,13年にわたって太夫の位にあった。その間,〈六条の七人衆〉の筆頭にあげられ,〈天の下にならびなきあそび〉と評された。…

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