日本歴史地名大系 「佐陀宮内村」の解説 佐陀宮内村さだみやうちむら 島根県:八束郡鹿島町佐陀宮内村[現在地名]鹿島町佐陀宮内佐陀川を界して島根郡名分(みようぶん)村の南西に位置し、南は佐太(さだ)神社を境に同郡上佐陀(かみさだ)村(現松江市)など、北西は佐陀本郷(さだほんごう)村。佐陀川開削以前、佐太神社前から北方は田地・民家があった。中世には佐陀庄に含まれた。正保国絵図に村名がみえる。元禄十年出雲国郷帳では高四六四石余(うち社領一三九石余)、寛文四年(一六六四)の本田高四一四石余・新田高四斗余。天和―元禄年間(一六八一―一七〇四)の本田・新田および藩役人を記した村別高付並役人付(鹿島町史料)では本田高三五二石余・新田高一石余。「雲陽大数録」には宮内とあり高三五〇石。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by