日本歴史地名大系 「保呂羽館跡」の解説 保呂羽館跡ほろわたてあと 宮城県:登米郡登米町寺池村保呂羽館跡[現在地名]登米町寺池 道場・金沢山登米町市街地の南側に広がる標高約九三メートルの山上の道場(どうば)に位置する。延宝年間(一六七三―八一)の「仙台領古城書上」に「城主葛西清重 草長伊与 伊達若狭」とある。もともと登米氏の居城であったと思われるが、登米氏は永正九年(一五一二)以後に葛西氏に滅ぼされた(伊達正統世次考)。天文五年(一五三六)石巻(いしのまき)から寺池(てらいけ)城に移った葛西氏が、保呂羽館を新たに造営したという。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by