倉中瀬村(読み)くらなかぜむら

日本歴史地名大系 「倉中瀬村」の解説

倉中瀬村
くらなかぜむら

[現在地名]浜松市豊町(ゆたかちよう)・豊西町(とよにしちよう)・常光町(じようこうちよう)

末島(すえとう)村・中善地(なかぜんじ)村の東、天竜川右岸の堤防沿いに位置。天竜川の中洲状の地にあった(青山氏領分絵図)。豊田郡に属する。松平忠頼領郷村帳に蔵中瀬村とみえ高六九石余、畑一一町余、うち川成三二石余。ほかに同所新田見取二石があった。正保郷帳でも畑方のみ六九石余で浜松藩領。元禄一二年(一六九九)の青山忠重領知目録に村名がみえ、国立史料館本元禄郷帳では領主の記載を欠くが、享保郷村高帳でも浜松藩領で、領主の変遷は大明神(だいみようじん)村と同じとみられる。明和九年(一七七二)の城附領分村々高帳写では本畑八八石余・新畑二一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む