日本歴史地名大系 「倉見庄」の解説
倉見庄
くらみのしよう
三方湖に流入する
文永二年(一二六五)の若狭国惣田数帳写には「倉見庄十四町七反八十八歩」とあり、田積および「領家新日吉講□□二郎」とある鎌倉末期の朱書により、なお領家職を新日吉社がもっていたことがわかる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
三方湖に流入する
文永二年(一二六五)の若狭国惣田数帳写には「倉見庄十四町七反八十八歩」とあり、田積および「領家新日吉講□□二郎」とある鎌倉末期の朱書により、なお領家職を新日吉社がもっていたことがわかる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...