コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

傅翕 フキュウ

2件 の用語解説(傅翕の意味・用語解説を検索)

デジタル大辞泉の解説

ふ‐きゅう〔‐キフ〕【傅翕】

傅大士(ふだいし)

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

傅翕
ふきゅう
(497―569)

中国、梁(りょう)代から陳(ちん)代初期の在俗の仏教者。東陽郡烏傷(うしょう)県(浙江(せっこう)省義烏(ぎう)県)稽停里(けいていり)の人。俗姓は傅氏。名は翕(一説に弘)。字(あざな)は玄風。善慧(ぜんえ)と号し、傅大士、双林(そうりん)大士、東陽(とうよう)大士、烏傷居士(うしょうこじ)と称される。520年24歳のとき、胡(こ)の僧嵩頭陀(すうずだ)(名は達摩)に教諭されて仏教に帰し、同県の松山に入り庵(いおり)を結び、妻の妙光(みょうこう)とともに耕作に従事しながら仏法を敷衍(ふえん)した。528年に無遮大会(むしゃだいえ)(僧尼貴賤(きせん)いっさいの区別なく集まった人すべてに供養し布施する法会)を設けて飢饉(ききん)を救い、また梁の武帝の信任を得た。540年に松山に双林(そうりん)寺を造営し、大蔵経閲覧に便利なように輪蔵を考案した。また捨身を説き、梁末~陳初にはたびたび斎会(さいえ)を営むなど、衆生(しゅじょう)救済の利他行を事とした。『心王銘』『還源詩』、『語録』四巻などを著す。[伊藤隆寿]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

傅翕の関連キーワード円通大士弘経大士大士普賢大士傅大士札板補陀大士輪蔵笑い仏ふだ[札]

今日のキーワード

パラチオン、パラチオンメチル

パラチオンは無色で油状の液体、パラチオンメチルはコハク色の液体。ともに毒性が強く、有機リン系殺虫剤として使用された。50年代以降、稲の害虫被害を防ぐことが確認され、広く導入された。しかし、農民の中毒死...

続きを読む

コトバンク for iPhone